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不断の進化。ジェームス三木の仕事。


NHK連続テレビ小説『澪つくし』(1985年)、大河ドラマ『独眼竜政宗』(1987年)、『八代将軍吉宗』(1995年)や『弟』(2004年、テレビ朝日)など数多くの名作を手がけた脚本家、ジェームス三木。俳優出身の経歴や、世間を騒がせた女性問題など人生の時々に大きい振幅をもつ異色の脚本家は、その経験を作品の高いクオリティへと収束させてきた。

2012年に手がけた『薄桜記』(NHK BSプレミアム)は、そんな同氏の魅力にあふれた作品となった。

もう十年以上前になるだろうか。新聞の片隅に載った小さな記事。その中で語られたジェームス三木の言葉が今も強く印象に残っている。「物書きは、つねに人間に注目し、物事を外側から見るべきだ」・・・そんな趣旨の発言だった。

五味康祐原作の同名小説をドラマ化したこの『薄桜記』。主人公、丹下典膳(山本耕二)は、妻・千春(柴本幸)の名誉を守るため離縁を決断する。この離縁に逆上した千春の実兄によって、典膳は切りつけられ左腕を失ってしまう。さらにこの一件を秘匿にするために、典善は旗本の身分すら失ってしまう。

「出来事」は、それを受け止める人間によって見方が変わる。

旗本という身分と左腕を同時に失った主人公、そしてその周辺の人物ではこの一件の受け止め方が違う。苛烈な現実を淡々と受け止める丹下典膳。そんな典善の姿に胸を痛め続ける千春。浪人となった甥(典善)を邪険に扱う伯父、真実を知り己の醜態に恥じ入る千春の兄・・・。

一つの出来事から広がる波紋、そしてその濃淡をジェームス三木は、見事に書き分ける。異なった立場を踏まえて語られるセリフ回しは、物語の全体像の把握を可能にし、苦境にあっても武士としての矜持を失わない典善の人物像を立体的に際立たせることに成功している。堀部安兵衛(高橋和也)との友情、千春への情愛もからめ、ストーリーが一体化されて動いていく。

脚本は、全体的な流れがきちんとコントロールされていなければならない。ドラマを見る側は時系列を自分でコントロールすることができない。であるから、物語全体の動きの制御力は脚本家に求められる重要な要素となる。ジェームス三木の語る「外側から見つめる」は、現在でもこの脚本家の思想として根付いていることを証明している。

そして、立場を違えれば、その考え、行動も当然異なる。登場人物一人ひとりの味わい深い台詞回しは、長塚京三(吉良上野介)、津川雅彦(堀部安兵衛の義父、堀江弥兵衛)、江守徹(紀伊国屋文左衛門)らの名演技と相まってより光を放っている。常に人に目を向け、人を人として描く姿勢。ジェームス三木の信念がこの脚本に浸み込んでいる。

欲を言えば、全11回は短すぎた。もっとじっくりと人物を描きこんだ脚本でこのドラマを見てみたかった。物語の大きさと同氏の力量を考えると11回の器はあまりに小さすぎたといえる。完成度の高さ円熟味は、衰えどころか、さらなる凄みを増している。同氏の集大成となる作品は、この作品ではなく、必ず未来に存在すると信じる。

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