直木賞~歴史と権威ゆえのドラマ~
1月、7月は芥川賞・直木賞のシーズンである。芥川賞は純文学、直木賞は大衆文学を対象として「無名若しくは新進作家」の発掘を目的として創設された。ただ直木賞は近年、一定の実績をあげた中堅作家に与えられるようになっており、そのため候補を複数回繰り返して受賞というケースが大半となっている。前回(第146回)受賞の葉室麟もその例に漏れない。よって初めての候補選出で受賞するというケースはほとんどなく、第114回の受賞者となった小池真理子は稀有の例となっている。
大衆小説を対象としている文学賞だけに過去には、青島幸男(第85回)、邱永漢(第34回)、つかこうへい(第86回)、向田邦子(第83回)、佐木隆三(第74回)、なかにし礼(第122回)といった意外な受賞者も名を連ねている。
既存の小説分野、特に恋愛小説、時代小説、人情小説が受賞する傾向があり、そのためコアな文芸ファン以外になじみのない作家が突然受賞するという回も少なくない。一方で、読者に高い人気のあるミステリー作品の受賞のハードルは高い。好例は、横山秀夫『半落ち』の落選。小説がフィクションであるならば、言いがかりともいえる理由で落選し、さらに選考委員がミステリー業界を批判したこともあり騒動となった。横山はこれを機に直木賞から絶縁した。宮部みゆきの名作『火車』も落選し、東野圭吾は『容疑者Xの献身』で受賞(第131回)するまで5度も落選した。SFやファンタジーに至ってはほとんど受賞できていない。森見登美彦や万城目学といった才能豊かなこの分野の若手作家が今後受賞できるか不安視されている。
権威のある賞ゆえに、作家に与える影響も無視できない。先ほどあげた傾向があるが故に作風を変える作家も出現する。名前は挙げられないが受賞者や候補者に複数そのような作家が散見される。一方で直木賞と一線を画する作家も存在する。山本周五郎は受賞を辞退し(第17回)、伊坂幸太郎も執筆専念を理由に辞退している。
小説が人間を扱うものであるから、人間界で起こることは小説界でも必ず起こる。直木賞という権威のある文学賞の存在は、それに関わる人間にドラマを生み出させる。それは時として、小説よりもエキサイティングだ。近年、直木賞への注目度は下がり続けているが、それは、受賞者や受賞作品の世間に訴える力が弱まっているからだろう。
7月、また新しい直木賞受賞者が誕生する。世間の衆目を集める力を持つ作家に受賞してほしいものである(文中敬称略)。